令和7年10月26日 主催者であります角田勝美さんは長年私の御素人のお弟子さんとして舞囃子、能を勤めておりまして、この度師範の資格を取りましたので、師範披露の会として第一回緑詔会を催しました。
私は御祝として「能 田村 替装束」のシテを勤めさせていただきました。能 田村は私が内弟子に入らせていただいた19歳の頃 内弟子中初の勤めさせていただいたお能です。その後この替装束の小書にて 河口湖ろうそく能にて一度勤めさせて頂いております。
ワキの旅僧が京都の清水寺に千手観音を拝みに来る所から話が始まります。前シテは清水寺の花守で若い童子です。春宵一刻 値千金 花に盛況 月に影 という中国の詩人の詩を表す如く 今を盛りと咲く満開の桜を自慢気に紹介する場面になります。前場の終わり頃に 清水寺を創建した坂上田村麻呂の田村堂に姿を消し、田村麻呂の霊?とほのめかし中入します。後シテは征夷大将軍の坂上田村麻呂の霊の本体の姿で表れ 田村麻呂の功績、威厳を現します。小書の無い本来の能姿は梨内烏帽子、法被肩脱、太刀、修羅扇を持つという武士の姿なのですがこの替装束になると黒頭に唐冠、狩衣肩上、剣を腰につけ、唐団を持ちます。調べると田村麻呂伝説は色々なかたちで残っており、いわば都市伝説の如く語られ 重複して語られ、又はその都度例えにされと調べれば調べるほど分からなくなってきます。ご興味のある方は調べてみると面白いと思います。
写真:三上文規


